近年になって、アナトリア地方からアフガニスタンやパキスタンのインダス川に至る近東、西アジァの地域で、考古学者たちは精力的に有史以前の人びとの手になる加工品発掘の作業に打ち込んできたが、その遺物のなかには槌でたたきだした銅製品が見つけられています。
これらの発掘品のなかでも最初に出土したものに簡素な装身具があるが、それはイクラ北東部のザグロス山脈中にあるシャニダールと呼ばれる大きな洞穴で発見されました。
シャニダールで行われた発掘の調査では、そこには10万年も前にすでに人間が住んでいた痕跡が認められています。
1960年には、人類学者のラルフ・ソレッキがここで、だいたい紀元前9500年ごろのものと思われる長さ2.5センチほどの穴のあいた銅のペンダントを発掘した。
この遺物が使われていた時期は、シャニダール地域に住んでいた人たちが狩猟や採集生活から原始農耕生活に移行し始めた時期とほとんど一致しています。
問題の洞穴からほんの数キロほど離れたザウィ・ケミと呼ばれる場所で、考古学者はそれまでイラク北部において発見された遺跡のなかでも最古の定住跡を発掘しています。
さて、ザウィ・ケミの人びとは、山間の急流ザフ川の土手から河原にある巨礫を集め、それで円形の小屋をつくって集落を形成していました。
彼らは狩猟民であったが、同時にヒツジも飼っており、また採集した穀物も相当の量にのぼり、一段と効果的に定住生活を送っていました。
ここで発掘された遺物のなかには穀類を粉にひくくら形のひきうす、石製の鋭い鎌、それにかごやマットの断片もあります。
また小屋の床からは骨、くじゃく石、大理石などでできたビーズ、またみがかれて装飾を施した動物の歯、石板に模様を彫りつけたペンダントが発見されました。
これらの証拠から見て、シャニダールの洞穴から発掘された銅製ペンダントは、ザウィ・ケミの想像力豊かな住民によってつくられたものと考えられます。
なおシャニダールのペンダントと次に人類が銅を実用化した形跡の間には、年月にして約2300年、距離にして数百キロもの隔たりがあります。
1964年に考古学者のロバート・ブレイドウッドとハレット・キャンベルは、アナトリアの南東部にあるチャユヌ・テペシと呼ばれるトルコの一地方で4個の銅製品を発見した。
そのうちの2個は、いかにも原始的な形をしたまっすぐな針のようなもので、その一端は丸く、もう片方の端はとがっていました。
3番目の出土品は釣り針のように曲げられ、両端ともとがっています。
また最後の出土品は銅塊で、槌で叩かれ先細りの形状をなしていて、おそらく穿孔器か突きぎりに用いられたものと思われる。
これら4個の出土品は紀元前7200年ごろのものです。
さてシャニダールとチャユヌの問の時期には、銅に関する知識が衰えていたのでしょうか。
どうもそうではなさそうです。
ロートアイアンなどの金属自体はまだ文明にそれほど大きな衝撃を与えることにはならなかったが、人類は様々な面で進歩しつつありました。